仏教

()(じょう)()()(りゅう)(しょう)(しょ)

(ぶっ)(きょう)

(ぶっ)(きょう)とは、ゴータマ・シッダッタ(仏陀)(かい)()とする(しゅう)(きょう)のことをいいます。

(ちょく)(やく)は、『(ぶっ)()(さと)りを(ひら)いた(もの))の(おし)え』となり、(りゃく)(しょう)して(ぶっ)(きょう)といいます。

(ぶっ)(きょう)は、印度(インド)尼波羅(ネパール))のゴータマ・シッダッタ(仏陀)により(ひら)かれました。

(いま)から、(やく)2,500(ねん)(まえ)ゴータマ・シッダッタ(仏陀)(かん)(れん)する印度(インド)尼波羅(ネパール)では、四姓(ヴァルナ)(せい)()婆羅門(バラモン)()(はい)(かい)(きゅう)とは(べつ)に、沙門(サマナ)という(しゅっ)(しん)(しゅつ)()()わない()(ゆう)(たち)()()(そう)がありました。

(ぶっ)(きょう)は、この沙門(サマナ)(げん)(てん)とする(けい)()から、()(ぜん)(すう)(はい)(みん)(ぞく)(すう)(はい)などの(げん)()(しゅう)(きょう)(けい)(たい)がない、()(ゆう)()()ちがあります。

(ぶっ)(きょう)は、印度(インド)尼波羅(ネパール)(りん)()()(そう)()(だつ)()(そう)(もと)づき、(じん)(せい)は、(えい)(えん)(つづ)く、(くる)しみの(りん)()()(かえ)すと()きます。

その(くる)しみの(りん)()から()()すことが、(さと)りの()(だつ)であると()きます。

その(さと)りの()(だつ)は、(しゅ)(ぎょう)により(たっ)(せい)できると()きます。

このような()(そう)から、(ぶっ)(きょう)には、()(たい)(はっ)(しょう)(どう)(じゅう)()(えん)()()(ほう)(いん)などの(きょう)()があります。

()(たい)とは、ゴータマ・シッダッタ(仏陀)(しょ)(てん)(ぽう)(りん)(せっ)(ぽう)された(きょう)()です。

()(たい)は、()(たい)(じっ)(たい)(めっ)(たい)(どう)(たい)のことをいいます。

()(たい)とは、(じん)(せい)(くる)しみであると()き、(じっ)(たい)とは、(くる)しみの(げん)(いん)(ぼん)(のう)であると()き、(めっ)(たい)とは、(ぼん)(のう)(めっ)した(きょう)()(さと)りであると()き、(どう)(たい)とは、(さと)りに(いた)るための(はっ)(しょう)(どう)()きます。

(はっ)(しょう)(どう)とは、(しょう)(けん)(ただ)しく()る)・(しょう)()(ゆい)(ただ)しく(かんが)える)・(しょう)()(ただ)しい(こと)()使(つか)う)・(しょう)(ごう)(ただ)しい(こう)()(おこな)う)・(しょう)(みょう)(ただ)しい(せい)(かつ)(おく)る)・(しょう)(しょう)(じん)(ただ)しい()(りょく)(おこな)う)・(しょう)(ねん)(ただ)しい(しん)(ねん)()つ)・(しょう)(じょう)(ただ)しく(こころ)(しず)める)の8(とお)りの(ただ)しい(ぶつ)(どう)のことをいい、その(じっ)(せん)(しょう)(れい)しています。

この(はっ)(しょう)(どう)は、(かい)(じょう)()(さん)(がく)(ぶん)(るい)すると、(しょう)(けん)(しょう)()(ゆい)(かい)に、(しょう)()(しょう)(ごう)(しょう)(みょう)(じょう)に、(しょう)(ねん)(しょう)(じょう)()に、(しょう)(しょう)(じん)(さん)(がく)(ぜん)(ぱん)(がい)(とう)しています。

(じゅう)()(えん)()とは、()()(かん)(けい)(どう)()()(えん)(えん))となり、(もの)(ごと)(しょう)()())することをいい、12(とお)りの(てい)(せつ)(めい)(めい)()(らい)になっています。

(ほん)(らい)(えん)()とは、(げん)(いん)(いん))・(けっ)()())が(どく)(りつ)()(ざい)でなく、(そう)()(かん)(けい)にあるものをいいます。

(じゅう)()(えん)()は、()(みょう)(まよ)いの()(かい))・(ぎょう)()(こう)()(よう))・(しき)(しき)(べつ)()(よう)・)・(みょう)(しき)(ぶっ)(しつ)(げん)(しょう)(からだ)〉・(せい)(しん)(げん)(しょう)(こころ)〉)・(ろく)(しょ)(げん)()()(ぜっ)(しん)())・(そく)(せっ)(しょく)()(よう))・(じゅ)(かん)(じゅ)()(よう))・(あい)(かつ)(あい))・(しゅ)(しゅう)(じゃく))・()(そん)(ざい))・(しょう)(せい)(たん))・(ろう)()()い・())のことをいい、(くる)しみの(まよ)いを(しょう)(さい)(ぶん)(せき)しています。

この(じゅう)()(えん)()は、(ぼん)(のう)(わく))→(こう)()(ごう))→()(のう)())の(まよ)いの(こん)(ぽん)(げん)(いん)(ひょう)(げん)しています。

()(ほう)(いん)とは、(しょ)(ぎょう)()(じょう)(しょ)(ほう)()()()(はん)(じゃく)(じょう)(さん)(ぼう)(いん)に、(いっ)(さい)(かい)()(くわ)える()(そう)のことをいいます。

(しょ)(ぎょう)()(じょう)とは、(いっ)(さい)()(じょう)であり、(しょ)(ほう)()()とは、(いっ)(さい)()()であり、()(はん)(じゃく)(じょう)とは、(いっ)(さい)(くる)しみからの(かい)(ほう)(さと)りであり、(いっ)(さい)(かい)()とは、(いっ)(さい)(くる)しみであると()きます。

()(ほう)(いん)は、(ぶっ)(きょう)(てき)()(そう)(だい)(ひょう)(かく)であり、(ほか)(しゅう)(きょう)(るい)()ません。

(ぶっ)(きょう)は、(しょ)()(ぶっ)(きょう)()()(ぶっ)(きょう)(だい)(しゅう)()(ぶっ)(きょう)(じょう)()()(ぶっ)(きょう)(しょう)(じょう)(ぶっ)(きょう)(だい)(じょう)(ぶっ)(きょう)などに(ぶん)(るい)されています。

(じん)(しん)13(552)(ねん)()(ほん)(でん)(らい)した(ぶっ)(きょう)は、(げん)(ざい)、13(しゅう)()あり、(しゅう)(めい)は、(ほっ)(そう)(しゅう)(りっ)(しゅう)()(ごん)(しゅう)(しん)(ごん)(しゅう)(てん)(だい)(しゅう)(じょう)()(しゅう)(じょう)()(しん)(しゅう)(ゆう)(ずう)(ねん)(ぶつ)(しゅう)()(しゅう)(りん)(ざい)(しゅう)(そう)(とう)(しゅう)(おう)(ばく)(しゅう)(にち)(れん)(しゅう)(ぶん)(るい)されています。

なお、(きゅう)(よう)()(コザ(ざん) ()(おう)(いん) (きゅう)(よう)()(おき)(なわ)()〉)の(しゅう)()は、(しん)(らん)(しょう)(にん)(かい)(さん)とする(じょう)()(しん)(しゅう)です。

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